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大津地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決 1956年7月20日

原告 合名会社きも玉商店

被告 大津税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十八年十一月三十日附を以て原告に対してなした昭和二十七年度法人税更正決定(所得金額二十七万千円、法人税額十一万三千八百二十円、過少申告加算税三千六百円)はこれを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和二十六年八月二十二日生菓子の製造販売を目的として設立された合名会社であつて昭和二十九年六月三十日解散し目下清算中のものである。

二、原告の昭和二十七年度の売上高は三百三十五万九千四百四十円(店頭小売高三十万九千九十円、卸売高三百五万三百五十円)法人税賦課の標準となるべき所得金額は九万八千百十六円、これに対する法人税は四万千二百二円であつたので原告は昭和二十八年二月二十八日右計算に基いて法人所得の確定申告をなし同時に右税金を納付した。

三、しかるに被告は、昭和二十八年十一月三十日に至り、前記請求趣旨記載のとおり法人税更正決定をなし該決定の通知書は同年十二月六日原告に送達されたので、原告は右更正決定を不服として昭和二十八年十二月被告に対して再調査の請求をなしたところ、昭和二十九年三月二十八日法人税法第三十五条第三項第二号により右請求は大阪国税局長に対する審査請求と見做され、同局長は昭和二十九年七月三十日附を以て右請求を棄却する旨の決定をなし、同年八月一日その旨の通知が原告に対してなされた。

四、しかしながら、前記被告の更正決定における所得金額の計算は何等の根拠なき恣意憶測に出たものであつて、これに基く更正決定は違法な行政処分であるからこれが取消を求めるため本訴に及ぶ。

と陳述し、

被告の主張事実に対して、

一、原告会社の諸帳簿に就てはその完全を期するため訴外七尾計理士にその作成を委嘱し、代表社員三上静雄は毎日取引の都度これを伝票に記載して保存し、七尾計理士の事務員が週二、三回原告方に来て之を記帳するのであるから、記載は真実且正確である。

なお、被告主張の二の(2)の事実中、金銭出納簿の昭和二十七年二月二十八日欄の記載は「二日分もれ四七、二〇八円」であつて、二月二十七、八両日の売上高をまとめて記帳したにすぎない。

二、次に被告主張の原告に計上もれの所得ありとの事実に至つては独断も甚だしいと云わねばならない。右述の如く原告の帳簿は本件税額決定の資料たるにふさわしく、明瞭正確な営業の記録であるのみならず、原告の昭和二十六年度及び昭和二十八年度の法人税額はそれぞれ四万六千六百二十円(所得額十三万三千円)及び三万九千五百二十二円(所得額九万四千百円)と確定し、その間原告会社の営業規模その他の諸条件に何等の変化がない事実に徴すれば、この点だけからしても被告の本件所得額の計算の根拠なきことを窺うに十分であるが、右の点に関する被告の主張を各個に弁ばくすれば、

1  原告会社においては賃搗餠の委託について客から預つた米は各別の容器に保管し各別に加工して、そのまま全部委託者に引渡すことにしているので、被告主張の如き出目を生ずる余地は全くない。本件事業年度中に取扱つた正月餠の米の量が十一石五斗九升であることは認める。

2  原告会社の所得に被告主張の如き記帳漏れがありとするならば、具体的に買主、品種量目を示すべきであるのに、被告は何等かかる計算の具体的根拠を示さず、且つ売上高の計算もれのみを計上し、これに要する経費の計算を無視している。原告会社の昭和二十七年当時における年間平均従業員数が四・二五名であること、及び小売用の見台八枚を使用していたことは認めるが、一枚には最高四十個を並べ得るに止まる。

3  被告主張のとおり立替金の存在すること、その利息が計上漏れであること及び年一割として金二千八百六十五円なることはいずれもこれを認める。しかしながらこの立替によつて原告会社の得べくして得なかつた利益は立替金に対する銀行預金利子相当額(年五分乃至六分として千四百二十二円乃至千七百十九円)であるから、この限度においてのみ計上もれがあるにすぎない。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実中、請求原因一及び三はこれを認める。二については原告主張どおりの申告及び納税があつたことは認めるが、その余は争う。

二、原告会社の諸帳簿及びこれに基く損益計算書の記載は到底信頼し難いものであつて、これによつては適正な所得を計算できない態のものである。すなわち、

(1)  原告会社では諸帳簿の記載を社外の計理士に委嘱しており、右帳簿の原始資料は原告会社代表者が随時作成した伝票だけであつて、これを右計理士が或る期間の分をまとめて移記していたにすぎなく、従つてその記載の真実且つ正確を期する簿記上のシステムが不完全であつた。

(2)  たとえば原告会社の金銭出納簿の昭和二十七年二月二十八日の欄に「二月分もれ四七、二〇八円」の記載があるが、これは当時の約十日分の売上に相当する金額であつて、かかる多額の記載もれを放置するのでは決して正確な帳簿の記載とはいえない。

(3)  また同帳簿の昭和二十七年六月以降十一月に至る間の大津市信用金庫からの借入金に関する記帳は、各借入当時の現金現在高の状況から推して著しく不合理であり、このことはつまり企業の実態を間断なく如実に帳簿に反映しようとする意思の欠如を物語るものである。

(4)  なお原告会社においては、現金、原材料及び商品等の管理が著しく不完全であり、原始資料の作成保存の不十分と相俟つて企業の実体が正確に帳簿にあらわれる妨をなしていた。

三、以上の次第であつて、被告としては原告の本件申告の正否を判定する資料を原告会社の帳簿その他の記録に求めることが不可能であつたので、これが資料の獲得はその企業の規模その他の諸条件及びこれらより推計される生産量、販売量に求める外なしと認め、実地調査を行つた結果、原告会社にはその確定申告にかかる九万八千百十六円の所得の外に左記の如き合計十七万二千九百五十八円の所得のあることが推計され、この分は会社の帳簿には記載もれになつていることを確認した。

(1)  正月餠賃搗の出目として金二万四千九十三円

原告会社が本件事業年度中取扱つた正月餠賃搗の受託米の量は十一石五斗九升であるから、この賃搗による出目を一石二斗二升三合と推計し、これを生餠に加工して販売した一升当り金百九十七円(原料米の値段百五十円、加工料四十円、手数料七円)の売上高。

(2)  店頭売上高の記帳もれとして金十四万六千円

原告会社は本件事業年度において卸売のほか店頭に見台八枚を並べて餠生菓子類の小売をしていたのであるが、見台一枚に大体生菓子五円もの五十個を陳列し得るとして実地調査の結果大体二割程度の(一日平均八十個)売上計上もれがあると推定されたので、これが一年間の売上高計上もれは合計十四万六千円となる。

(3)  受取利息の計上もれとして金二千八百六十五円

原告会社では、本件事業年度において代表者三上静雄個人の納付すべき住民税八万九千二十二円を立替え支払つているので、これが支払の日から事業年度末日までの利息を会社の所得として計上すべきである。そして昭和二十七年度における普通銀行の貸付利率は日歩二銭八厘であつて、これを年利に換算すると一割二厘二毛となるので、端数を切捨てた年一割の割合によつて計算した利息は二千八百六十五円となる。

四、かくして、上叙(1)(2)(3)の金額に原告の申告所得額九万八千百十六円を加算した結果原告会社の本件事業年度における所得額は金二十七万一千七十四円と推計されたので、被告は右推計に基いて本件更正決定をなしたものであつて、何等違法の点はない。因みに、その後大阪国税局の協議団においてさらに調査を行つた結果によれば、原告会社の本件事業年度における推定所得額は、上叙(3)の受取利息を除いても被告の更正決定額を上廻る金二十八万九千八百三円と計算されているのであつて、この点からしても被告の更正決定額の過当でないことが明かである。

五、なお、昭和二十八年度の分については原告よりその主張の如き確定申告があつたが、これについては未だ審査中であつて確定していない。

と述べ、原告会社の昭和二十七年度平均従業員数は四・二五名であると補述した。(証拠省略)

理由

原告会社が昭和二十六年八月二十二日、生菓子製造販売を目的として設立された合名会社(昭和二十九年六月三十日解散し目下清算中)であつて、昭和二十八年二月二十八日昭和二十七年度の法人税賦課の標準となるべき所得金額を九万八千百十六円、これに対する法人税額を四万千二百二円として確定申告をなし同時に右税金を納付したこと、右申告に対し被告が昭和二十八年十一月三十日、所得金額を二十七万千円、法人税額を十一万三千八百二十円、過少申告加算税を三千六百円とする更正決定をなし、同年十二月六日原告に対しその旨の通知がなされたこと、原告が昭和二十八年十二月被告に対して再調査の請求をなし、昭和二十九年三月二十八日、法人税法第三十五条第三項第二号により右請求は大阪国税局長に対する審査請求と見做され、同局長が昭和二十九年七月三十日附を以て右再調査の請求を棄却する旨の決定をなし、同年八月一日その旨の通知が原告に到達したことはいずれも当事者間に争がない。

本件における争点は昭和二十七年度における原告会社の法人税賦課の標準となるべき所得金額を算出するにつき、原告会社の会計諸帳簿及びこれに基く損益計算書が信頼し得るかどうか、若し信頼出来ないとしてその場合に被告のなした推計計算による額の認定が合理的のものであるかどうかの点に帰するので、以下この点について判断する。

一、証人片岡俊夫同梅本清の各証言及び証人横井彌一郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第一、二号証を綜合すると被告税務署における法人税調査の方法は納税義務者の提出する確定申告に基きその収支並びに所得金額を後述「法人審理提要」(乙第一の一乃至三)に掲げる標準及び他の同業者より提出された申告書の内容等と対比検討することに始まるのであるが、原告の本件係争年度における申告所得額はこれらの標準に照し極めて過少(後述参照)であつたので、被告はその原因を売上の記帳脱漏乃至収益隠匿にありと認め昭和二十八年秋頃大津税務署所属大蔵事務官片岡俊夫等をして実地調査をなさしめたところ、原告会社の経理状況はおおむね被告の答弁事実二の(1)乃至(4)に記載する如きものであつて、その諸帳簿の記載は正確を欠き、これに基いて正当な原告会社の所得金額を計算することは到底不可能であつた事実が認められ、この点はなお前掲甲第一、二号証の形式及びその記載内容からしても推知するに難くないところである。原告代理人は金銭出納簿(甲第二号証)の二月二十八日欄の記載は「二日分もれ四七、二〇八円」であると陳弁するが、それが「二月分もれ四七、二〇八円」であることは、同帳簿中他の記載文字との照合によつて明認されるところである。その他証人横井彌一郎の証言及び原告会社代表者本人尋問の結果によるも右認定を左右し得ない。

二、そこで右の如く納税義務者の提出する税額審査の資料が信頼し得なく、かつ他にこれに代る資料の獲得につき納税義務者の十分な協力が得られない場合においては、税務官庁としては第二次的手段として推計計算によつて所得額を認定することはやむを得ないところであつて、当時の法人税法第三十四条の四第二項(現行法第三十一条の四第二項)の規定もまたこれを明らかにしたものである。仍て進んで被告のなした原告会社においては十七万二千九百五十八円の帳簿外の所得があり従つて原告の本件係争年度の所得はこれと前記申告にかかる九万八千百十六円と合せた二十七万千七十四円であるとの推計が相当であるか否かについて考察するに、

(1)  証人根来正輝同横山俊郎の証言及び右根来の証言に徴して真正に成立したものと認められる乙第一号証の一乃至三によれば、

(イ)  大阪国税局においてはその管内各税務署において中小法人所得の準備調査を実施する上に必要な各業種の見込利益金額見込利益率等を算定する指針として「法人審理提要」なる冊子を作成しており、該冊子中の営業種目別基準表は大阪京都神戸の中小法人につきその実体を把握したと思われるもので特殊的でないもの若干例につきその実体調査に基いて各業種別にその収入金額、経費、営業利益等の基準金額及び率を示したものであつて、右表の生菓子製造業に関する部分は中正と認められる具体例約十件の調査によつて得られたものであるが、これによれば、同企業にあつては従業員一人当りの年間売上高は八十六万円その営業利益率は売上高の九パーセントになつていることが認められ、しかもその数字は後述の証人横山俊郎の証言に照して信を措くに足るものであること、

(ロ)  訴外横山俊郎は約十年間大阪市内において原告と同様の生菓子類の製造販売を営み昭和二十六年から会社組織に改めた者であるが、従業員は販売員を入れて二十四、五名で一日の売上高は七万円乃至十万円であり、大体売上高の一割程度の営業利益があること、並びに大都会と小都市により、またはその設備の大小や従業員の多寡によつて売上高には相異があるが、利益率はあまり変りがなく却つて小規模の方が利益率の上廻る場合があること

が認められるのであつて、一方原告会社において昭和二十七年当時その事業に従事していた者が年間を通じて四名を下らなかつたことは当事者間に争のないところであるから、上叙(イ)(ロ)に基く標準率によつて計算すれば、その年間売上高は三百四十四万円、その営業利益は三十万九千六百円を下らないこととなる。

(2)  原告会社が昭和二十七年度において正月餠賃搗のため客から預つたもち米の量が十一石五斗九升であることは争がなく、証人横山俊郎同片岡俊夫の証言によれば、正月餠の賃搗については原料たるもち米は桝で量つて受取り、餠は目方で委託者に引渡す関係上一割程度の出目のあるのが一般の例であることが認められるところであつて、右の計算によれば、原告会社における上叙正月餠賃搗の出目は一石一斗五升九合となりこれを最も簡単な生餠に加工して販売したとして一升百九十七円の値段は当時の市価として相当のものであるから、その売上高は二万二千八百三十二円となり、これは計上もれの所得である。

原告代理人は、原告会社においては正月餠の賃搗に際し委託主から預つた米は各別に加工してその全部を委託者に引渡すので出目を生ずる余地がないと主張し、証人三国隆、原告会社代表者もこれと同趣旨の証言供述をしているけれども、昭和二十七年度の暮に原告会社が賃搗の委託をうけた口数が百口乃至二百口であつたことは証人梅本清の証言によつて明かであつて、原料米の量を異にするかかる多数の口数につき多忙な年末の短期間に一々委託者毎に区別して賃搗加工するが如きことは通常行われ難いところであるから、右の証言及び供述のみによつては、未だ原告代理人の主張事実を認め、前示認定を覆えすに足りない。

(3)  原告会社においては生菓子小売の外卸売をも営んでおり、小売用として見台八枚を店頭にならべていたことは当事者間に争がなく、証人梅本清、同片岡俊夫、同横山俊郎の各証言と原告会社代表者本人尋問の結果とによれば、原告会社の生菓子は小売値段一個五円のものが主であり、その見台は一箱五十個入りのものであつて、休業日は年間を通じて十日位いであること、売れ行きによつて日に二回以上製造することもあり全生産量の二、三割程度の売れ残りを生ずるのが普通であるが、右売れ残りの分は翌日に廻したり再生産して販売すること等が認められるのであつて、これらの点からすれば、原告会社の年間小売高は次の計算によつて四十九万七千円となり、原告会社の主張する売上高に比べて十八万円余を超過する結果になる。

5円×(50×8×0.7)×355=497,000円

三、かくして以上認定の事実に徴すれば、被告が原告会社の昭和二十七年度における法人税課税標準となるべき所得額を金二十七万一千円と推計したのは、受取利息の計算を除いた営業上の所得からいつても、決して過当のものではなく、なお上叙二の(1)の一般標準に照して考えてもむしろ内輪の線を守つているものであつて、一応これを合理的のものと認めるのが相当である。

果して然らば、上叙被告の推計計算を覆えすに足る有力なる反対証拠のない本件においては、右推計計算による所得額の認定に基いてなされた被告の更正決定はにわかにこれを違法となすを得ない。よつて、これが取消を求める原告の請求を理由なしとして棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫 上坂広道 井野口勤)

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